飯田和敏(いいだかずとし)

1968年11月26日東京の阿佐ヶ谷で生まれ、町田などに住み、7歳の時に千葉に引っ越しました。なので出身は千葉県です。ダーヤス、ハセキョウ、イチイちゃんと同じ千葉っ子。高校を卒業してから2年ほど浪人して、多摩美術大学(U部絵画科油画専攻)に入学。そこでコンピュータと衝撃的に出会った! それじゃ、現場で働いてみよーじゃないの、ということで、学校に行きながらからテレビゲームの仕事やマルチ商法じゃなくてマルチメディアの仕事をした。大学卒業後、『A列車で行こう』の(株)アートディンクに入社。アートディンクでは『アクアノートの休日』(95年・プレイステーション)、『太陽のしっぽ』(96年・プレイステーション)を作りました。その後、会社をやめてインターネットの仕事(
インターネットエキスポの松下パビリオンのコンテンツ「1996ATLANTA」)などをやりつつ有限会社パーラムを設立。設立したメンバーのひとりではあるが、社長ではありません。コレよく間違えらてしまうのですが、よろしくお願いします。平社員です。そして、マリーガル・マネジメントと契約して、『巨人のドシン1』(64DD)を制作開始。これ、すんごくがんばった。がんばり過ぎちゃって、完成したのは1999年。この間、随分、歳とった。人生にも色々あったし。そして『巨人のドシン』の続編的な位置付けの『巨人のドシン解放戦線チビッコチッコ大集合』を制作。これは2000年にランドネットDDより発売。そして、その後、色々やった。企画して潰れたり、企画して頓挫したり、企画して挫折したりするなか、いくつかの仕事はモノにした。それは細かいので割愛。そして、2001年あたりからゲームキューブ版『巨人のドシン』を作り始めた。やっぱり、いろいろな事がありましたが、最後はキめたぜ! こちらは2002年3月15日に任天堂より発売。今度は、10万本以上売れたよ! わーい! その後、『ドシン』のヨーロッパ版である『Doshin The GIANT』を制作。

ゲーム以外では、本や雑誌に原稿を書いたり、『21世紀の定義・6巻ゲームの世界』(岩波書店)にあまりにも赤裸々な自叙伝のようなものを寄稿したり、書評本『ベストセラー本ゲーム化会議』(原書房)を出版したり、ユニクロのCMに出演したり(ウソ)、フジロックフィスティバルの初日のトリを飾ったり(ウソ)、アンダーワールドのライブに行ったり、東京モーターショー商用車を見に行ったり、サッカー日本代表を応援したり、ボブ・サップとノゲイラの戦いにうっとりしたりしながら、現在に至る。血液型はA。好きな食べ物はない。好きなメンバーは石川。好きなテレビは『私の青空』『ちゅらさん』『ポップジャム』。好きな映画は『ロボコップ』『ザ・フライ』『悪魔のいけにえ』『フルメタルジャケット』。趣味はバードウォッチング。

もぞる